野良時計
2026年1月13日、この日は高知県安芸市(こうちけんあきし)にある伊尾木洞(いおきどう)を歩いた。
そこから車で伊尾木川(いおきがわ)を渡る。
さらに安芸川(あきがわ)を渡る。
野良時計(のらどけい)にやってきた。
かつて、家ごとに時計のなかった明治中期、地主であった畠中源馬氏が、歯車から分銅まで全て手作りで完成させた時計台。
時を知らせるシンボルとして、田んぼの中に佇むその姿は、今も安芸の代表的な風景として残っています。
野良時計
〒784-0042 高知県安芸市土居638−4
0887-34-8344
野良時計から安芸城まで周回!【高知県観光】歴史散歩!国登録有形文化財と武家屋敷を巡る【旅行VLOG、レビュー】伝統的建造物群保存地区を歩く!土佐藩家老だった五藤家の栄華を偲ぶ2.6kmウォーキング
広い駐車場を無料で利用できる。
野良時計(のらどけい)はすぐ近くにある。
瓦と粘土を交互に積み上げて作った瓦塀(かわらべい)だ。
喫茶店は廃業していた。
野良時計は明治時代中期に作られた。
国の登録有形文化財。
歯車から分銅まで全て手作り。
周囲には菜の花が植えられている。
菜の花越しに野良時計を撮影するとよさそうだ。
「メダカの里」でもある。
杉尾神社
杉尾神社にやってきた。
祭神:神武天皇
由緒等:旧郷社。江戸時代を通じて鎮座地は横山村で、江川・横山・土居三村の氏神とされた。明治五年(1872)に土居村にあった九頭権現の社地に移り、江川村・横山村は氏子を離れたが、遷座は神意によるとされ、理由は不明。現在、境内社として九頭神社・天満宮があり、氏子圏も土居の中央部集落のみである。祭礼は10月28日。参道に絵馬燈籠が並び、境内で獅子舞がなされる。
杉尾神社 から引用
杉尾神社
〒784-0042 高知県安芸市土居666
祭神は神武天皇。
土居どい集落のほぼ中央、安芸城跡の南に鎮座。祭神は神武天皇。旧郷社。創建については明らかでないが、安政四年(一八五七)の川北村風土取縮指出牒(川北村役場文書)に「昔時畑山村ニ有之処、洪水に流出、土居村之内玉造之東端之杉之枝へ留り有之を、横山何某と申者見付候、我家へ迎へ来り其後土居横山両村之氏神と称し祭来り申候、尤年暦不相知」と記されている。
天正一七年(一五八九)の川北江川横山地検帳では、横山の地に三反二一代三歩の杉尾領が記され、「御神事十二月節句有り」とみえる。
安芸市(あきし)は作曲家の弘田龍太郎(ひろた りゅうたろう)が生まれた場所。
土居公民館に漫画家「はらたいら」のイラスト入り歌碑が建っていた。
ここから安芸城跡に歩いて行く。
このあたりは古い建物が多い。
丸石を積み上げた塀が続く。
生け垣も美しい。
一般公開家屋武家屋敷(野村家)だ。
武家屋敷 野村家
〒784-0042 高知県安芸市土居
0887-35-1011
野村家は与力・騎馬として五藤家に仕えた上流の家臣。
土居廓中(かちゅう)にある。
現在土居廓中で唯一、一般公開(無料)されている野村家住宅は現存している建物の中で最も古く、天保ごろ(1830年)建築と推定され、武者隠しといいう3尺程度の壁をもち、玄関脇の平次門を入ると小さな庭があり、その先は菜園となっています。
土居廓中・武家屋敷 から引用
入館無料。
内部はこんな感じ。
1830年頃の建築と推定される。
現存している建物の中で最も古い。
野村家は 1697年には騎馬50石だった。
さっき通ってきた練り塀の説明。
囲炉裏の上は煙を排出するために天井が無いことが多い。
先に進む。
五藤家(ごとうけ)は安芸代官だったが1670(寛文10)年頃家老となった。
1700(元禄13)年に奉行職に就き藩政の中枢として活躍した。
安芸城跡
安芸城跡まで歩いてきた。
安芸市土居にある、戦国武将・安芸氏の居城跡。のちに土佐藩家老の五藤氏も拠点を構えたこの地は、昭和44年に安芸市の保護有形文化財(史跡)に指定されています。
安芸城跡 から引用
前に来たね。
安芸城跡
〒784-0042 高知県安芸市土居953
0887-35-1020
延慶元年(1308)に安芸親氏(あき ちかうじ)によって築かれた。
1569年に長宗我部元親の侵攻で安芸城は陥落し安芸氏は滅亡した。
山内一豊が土佐に入国すると五藤氏が拠点とした。
標高41m、東西100m、南北190mの長楕円形をした平山城。
現在は詰のほか、二の段、三の段などの曲輪や堀切、虎口の遺構、大手門の枡形などが残る。
安芸市立歴史民俗資料館が建てられている。
ここが五藤家安芸屋敷だが中には入れない。
五藤家安芸屋敷
〒784-0042 高知県安芸市土居955
安芸市土居廓中は伝統的建造物群保存地区に指定されている。
「土居」とは土手に囲まれた領主屋敷を指す。
武家屋敷のみで構成され町人は2kmほど離れた場所に住んだ。
安芸市立歴史民俗資料館。
この日は休館日。
安芸市立書道美術館。
安芸城跡は標高41m、東西100m、南北190mの長楕円形をしている。
登りたくないおじい。
藤崎神社。
五藤家の祖先を祀る。
毒井戸跡。
永禄12年(1569)安芸城は長宗我部元親の軍に包囲された。
内通者がこの井戸に毒を投げ入れ投降した。
城主の安芸国虎(あき くにとら)は自決した。
1570(元亀1)年の越前(福井県)朝倉氏攻めの際、山内一豊は敵を討ち取ったものの左の目尻から右の奥歯にかけて矢を射られた。
家臣の五藤吉兵衛は一豊の顔を踏み、矢を抜き取った。
土佐藩主となった一豊は、その武功を重んじて五藤家に安芸を預けた。
森澤家住宅
廓中(かちゅう)ふるさと館は地元産野菜を使ったレストラン。
廓中ふるさと館は、土居廓中にあるお食事処。
地元産野菜を使った美味しい料理を提供していて、町並み散策の休憩にぴったりです。
安芸市のご当地グルメ「釜あげちりめん丼」や「かき揚げちりめん丼」のほか、日替わり弁当や水・土・日曜日限定の「元祖なすカレー」も人気です。
安芸市 : 廓中ふるさと館 から引用
この日は定休日だった。
廓中(かちゅう)ふるさと館
〒784-0042 高知県安芸市土居1017−1
0887-34-0701
この道は「チクタク通り」と呼ばれている。
野良時計に続く観光道路だ。
水路が作られているが水は流れていなかった。
こういう「仏作って魂入れず」的な運用は残念だ。
野良時計周辺を歩いてみた。
森澤家住宅(もりさわけじゅうたく)は国指定重要文化財。
明治時代の建築。
明治の地主屋敷の大規模な主屋。
南北に長い敷地の中央に東西棟で建つ。桁行9間半,梁間4間半の規模とし,切妻造,桟瓦葺,平屋建で,西方に床上部九室,東方に土間,南面中央に式台玄関をとる。周囲半間に下屋を廻し,外壁を羽目板張りとする。明治の地主屋敷の大規模な主屋として貴重。
森澤家住宅主屋 文化遺産オンライン から引用
森澤家住宅
〒784-0042 高知県安芸市土居559
式台玄関。
民家なので中には入れない。
水路沿いの道は風情がある。
駐車場に「鯉のぼり」の歌碑があった。
この曲も弘田龍太郎(ひろた りゅうたろう)が作曲した。
ボタンを押すと曲が流れるシステム。
著作権的にはさすがに大丈夫だろう。
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