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長興寺

2025年11月1日、前日は長野県諏訪郡下諏訪町にある鷲ヶ峰に登山した。

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この日は車で国道19号線から県道304号線に入る。

中山道の洗馬宿(せばじゅく)だ。

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長興寺(ちょうこうじ)にやってきた。

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長野県塩尻市にある曹洞宗の長興寺は、1527年創建の500年の歴史を持つ寺院。広い駐車場、山門(1828年建立)、しだれ桜の巨木が特徴。境内には木曽義仲の母の墓や塩尻市名勝指定の庭園がある。本尊は釈迦如来。

この道が狭いので要注意。

駐車場はとても広い。

青松山長興寺
〒399-6462 長野県塩尻市洗馬3392
0263-52-0087

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大永7年(1527年)に洗馬荘地頭の三村忠親によって、信濃三村氏の菩提寺として創建された。

境内に木曽義仲の母の墓がある。

庭園は塩尻市名勝に指定されている。

歌碑が建っている。

長興寺第15代和尚と白井信夫の歌碑だ。

山号は青松山。

曹洞宗の寺だ。

信州七福神霊場(毘沙門天)、筑摩三十三観音霊場(結願の寺)

武田信玄や武田勝頼が寺領を安堵し徳川家光も寺領15石を寄進し学問寺として栄えた。

枯山水になっている。

庭園に入ってみる。

初めて来た時はこの扉が閉まっていた。

見事な池泉回遊式の庭園。

紅葉してるじゃないですか。

塩尻市名勝に指定されている。

ベンチも設置されている。

入園無料。

剪定が行き届いていて角が立っている。

茶室のようだ。

また決定的瞬間が撮れちゃいますからね。

おばあまだ痛いと言っております。

見事な転倒を決めた(苦笑)

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さすがに橋を渡るのは遠慮したようだ。

もういいよ。

裏山を歩いた動画は前回のを参照ください。

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木曽義仲の母の墓の説明看板。

説明を見て探したが見つけられなかった。

しだれ桜の巨木がある。

ここから歩いて行く。

車で来た参道を歩いて戻る。

六体地蔵。

長興寺参道の湧水は「ふるさとの水20選」に選ばれている名水。

ここから流れ出ているのが湧水のようだ。

道路まで歩いてきた。

東漸寺

桜の巨木がある。

本洗馬(もとせば)は古代・中世からの古くからの集落。

木曽義仲がここで馬を洗ったことから名付けられた。

江戸時代に奈良井川の対岸に中山道の洗馬宿が作られた。

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洗馬宿は長野県塩尻市にある中山道31番目の宿場町で、北国西街道の起点でもあります。慶長19年に設置され、歴史的な名所や道標、道祖神、肱懸松、あふたの清水などが見どころです。特にあふたの清水は木曽義仲と今井兼平の邂逅の地として知られ、ふるさとの水20選にも選ばれています。

そのため洗馬宿と区別するため本洗馬と呼ばれている。

原家住宅。

この家は塩尻市有形文化財に指定されている。

民家なので入れない。

道祖神。

東漸寺(とうぜんじ)にやってきた。

門前のしだれ桜は塩尻市天然記念物に指定されている。

幹囲4.4mで塩尻市最大。

東漸寺は桜の名所として知られる。

仏法山東漸寺
〒399-6462 長野県塩尻市大字洗 馬上組2038
0263-52-7262

木曽義仲旧臣の長瀬氏によって至宝山西光寺として創建された。

仏法山一乗院と号する。

浄土宗で本尊は阿弥陀如来。

本堂。

東漸寺の奥田信斎作品(とうぜんじのおくだしんさいさくひん)は塩尻市指定有形文化財。

奥田信斎は文政4年(1821)信楽の陶工の家に生れた。

この地に招かれ明治18年(1885)まで洗馬で製陶した。

東漸寺所蔵の奥田信斎の作品は、信楽焼(しがらきやき)発祥の地から招かれた奥田信斎が、洗馬東漸寺から少し離れた山の傾斜地に築いた登り窯で焼いた陶器を東漸寺の仏前に供えたものと伝えられています。信斎作品は、大きなものは少ないものの、優れた作品が多く、肌が滑らかで緑釉や白灰釉が厚くかけられ美しい光沢を見せます。
 諸家の所蔵しているものにも秀作、大物はありますが、これだけ数多くの優れた作品がまとまって保存されている伝来確実な信斎焼のコレクションは東漸寺の他にはありません。

東漸寺の奥田信斎作品(とうぜんじのおくだしんさいさくひん)/塩尻市公式ホームページ から引用

本洗馬歴史の里

道祖神。

まるで武家屋敷のような家。

葡萄畑。

塩尻市はワイン造りが盛ん。

本洗馬歴史の里にやってきた。

資料館と釜井庵がある。

本洗馬歴史の里資料館・釜井庵
〒399-6462 長野県塩尻市大字洗馬元町2323−1
0263-54-5520

本洗馬(もとせば)は中世末に三村氏によって城下町として形成された。

この上の山に妙義山城跡がある。

標高895mの妙義山にあり標高差は150m。

長興寺と周回できる。

入館料は150円。

内部はこんな感じ。

洗馬宿は「新洗馬」といわれるエリアを指す。

ここは本洗馬(もとせば)と呼ばれている。

三村氏が妙義山に城を築いていた。

江戸時代に中山道が整備され洗馬宿が作られた。

高遠藩領だった。

この辺りは幕府領と入り組んでいる。

係の方が説明してくれた。

洗馬(せば)の名前の由来。

木曽義仲が平家討伐に向かう際にこの地にやってきた。

乗っていた馬が動けなくなった。

清水で足を洗ってやると元気になった。

そこから洗馬と呼ばれるようになった。

江戸時代に2代将軍徳川秀忠の四男(松平正之、のちの保科正之)を高遠藩が預かることになった。

その見返りとして領地をもらった。

松本藩から洗馬5000石を高遠領とした。

こうした経緯で飛び地となった。

松平正之は高遠藩の改革を推し進めたあと会津藩の藩主となった。

菅江真澄(すがいますみ)は三河国(現愛知県)で産まれた。

大河ドラマ「べらぼう」の時代。

松尾芭蕉の奥の細道の後。

30歳の時に三河国から信濃へ旅立つ。

さらに日本海沿いに蝦夷まで旅をした。

紀行文を残した。

天明3年(1783)に出発した。

洗馬に来たときに浅間山が噴火した。

一年間足止めされることとなった。

滞在したのが釜井庵。

菅江真澄の書が展示されている。

カラーで描いた。

当時としては珍しい。

洗馬焼き。

さっき東漸寺(とうぜんじ)で見た奥田信斎(おくだしんさい)の説明パネル。

岐阜県や愛知県の産地との価格競争に巻き込まれた。

大きな焼き物に活路を見いだした。

外に出てきた。

これが釜井庵。

夜泣石がある。

夜な夜なすすり泣くそうだ。

ドロドロドロ。

今NHK朝の連続テレビ小説で「ばけばけ」をやっているので丁度いい?

「熊出没注意」の看板に怖がるおばあ。

熊と遭遇したばかり。

内部はこんな感じ。

三村氏が設けた居館跡に建つ庵。

長野県の史跡に指定されている。

菅江真澄(すがいますみ)はここで一年間暮らした。

建築年代は十八世紀の中頃と推定されている。

洗馬焼和兵衛窯跡

洗馬焼和兵衛窯跡(せばやきわへいがまあと) にやってきた。

江戸時代末に築かれたとされる洗馬焼の登り窯です。発掘調査により2基の窯跡が発見され、そのうち1基を復元してあります。

本洗馬歴史の里資料館周辺案内/塩尻市公式ホームページ から引用

本洗馬歴史の里資料館で説明してもらった洗馬焼の登り窯。

塩尻市史跡に指定されている。

平成4年から6年にかけて発掘調査が行われた。

2基の窯跡が発見され、そのうち1基を復元してある。

洗馬宿は仁科街道、善光寺街道、中山道が交差する交通の要衝だった。

たね

車で移動する。

歩いているときに見つけた「たね」にやってきた。

営業時間はこんな感じ。

内部はこんな感じ。

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