中山道塩尻宿を歩く:歴史と文化の旅!【旅行VLOG、レビュー】中山道整備で新設された30番目の宿場!国の重要文化財の小野家住宅や堀内家住宅が残る!陣屋跡、本陣跡、阿禮神社も必見!

塩尻宿

塩尻宿とは

塩尻宿(しおじりしゅく)は、中山道の30番目の宿場だ。

中山道 塩尻宿 | 塩尻市観光協会下諏訪宿から三沢峠・小野宿・牛首峠を越える旧中山道が、慶長18(1613)年に廃止され、慶長19(1614)年から中山道が塩尻峠を経由となり塩尻宿が開設されました。
宿の普請は、松本領主の小笠原秀政がその任にあたり、旧宿の南西の位置へ東西に、新しく塩尻宿の町割りをしました。本陣の規模は中山道の中でも最大で、宿内には高札場、松本藩の口留番所が置かれました。

中山道 塩尻宿 | 塩尻市観光協会 から引用

中山道 塩尻宿 本陣跡
〒399-0712 長野県塩尻市仲町

中山道塩尻宿を歩く:歴史と文化の旅!【旅行VLOG、レビュー】中山道整備で新設された30番目の宿場!国の重要文化財の小野家住宅や堀内家住宅が残る!陣屋跡、本陣跡、阿禮神社も必見!

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駐車場

2024年5月6日、この日は平出遺跡(ひらいでいせき)を歩いた。

日本三大遺跡!縄文から平安まで見られる!長野県塩尻市にある平出遺跡の魅力を発見!【旅行VLOG、レビュー】平出の泉〜平出遺跡〜本棟造り家屋群〜伊夜彦神社4kmウォーキング!
長野県塩尻市の平出遺跡は、縄文時代から平安時代にかけての複合遺跡で、国の史跡に指定されている。平出の泉や古墳時代、平安時代の村などがあり、塩尻市立平出博物館も見学できる。また、伊夜彦神社も訪れる価値がある。

そこから車で、JA松本ハイランドにやってきた。そこから車で、JA松本ハイランドにやってきた

JA松本ハイランド 塩尻地域交流センター
〒399-0712 長野県塩尻市塩尻町17

ここは長野県塩尻市塩尻町(ながのけんしおじりししおじりまち)だ。

この日はGW期間中でJAは休み。この日はGW期間中でJAは休み。

テナントでデイリーヤマザキが入っている。

ここに駐車させてもらうことにした。

陣屋跡

ここから塩尻宿(しおじりしゅく)を歩く。ここから塩尻宿(しおじりしゅく)を歩く。

国道153号線には歩道がないので、命の危険を感じる。

古そうな建物があった。古そうな建物があった。

陣屋跡だった。陣屋跡だった。

1725年に建てられたが、建物は現存しない。

塩尻陣屋 - Wikipedia塩尻陣屋(しおじりじんや)は長野県塩尻市にあった天領代官所(代官陣屋)のひとつ。建物は現存しない。

塩尻陣屋 – Wikipedia から引用

塩尻宿陣屋跡
〒399-0712 長野県塩尻市仲町

宿場看板。宿場看板。

ここが脇本陣跡。ここが脇本陣跡。

塩尻宿(しおじりしゅく)は、中山道の30番目の宿場だ。

それまで小野宿(おのじゅく)を通るルートだったが、中山道を整備する際に新たに設置された。

1725年以降は天領になった。

本陣跡

本陣跡。本陣跡。

1614年から川上家が本陣を営んでいた。

塩尻宿は文政11(1828)年と明治15(1882)年の大火で宿の大部分を焼失した。

小野家住宅が、往時を偲ばせる。

明治13年の明治天皇御巡幸の際には宿泊所となった。 明治13年の明治天皇御巡幸の際には宿泊所となった。

高札場(こうさつば)跡。高札場(こうさつば)跡。

小野家住宅

道路を渡って、小野家住宅にやってきた。道路を渡って、小野家住宅にやってきた。

屋号は「いてうや」。

小野家住宅
〒399-0712 長野県塩尻市塩尻町39

国の重要文化財に指定されている。

1836年頃に建てられた。

小野家住宅(おのけじゅうたく)/塩尻市公式ホームページ中山道塩尻宿の旅籠を営み、屋号を「いてうや」といいました。主屋の建築は天保7年(1836)頃で、二階の5室の板壁や杉の帯戸には桜や鶴などが色鮮やかに描かれ、往時の盛観をしのぶことができます。本陣、問屋に次ぐ上級旅籠建築で、現在例も少なく貴重です。

小野家住宅(おのけじゅうたく)/塩尻市公式ホームページ から引用

阿禮神社

阿禮神社(あれいじんじゃ)まで歩いてきた。阿禮神社(あれいじんじゃ)まで歩いてきた。

阿禮神社(式内社)
〒399-0712 長野県塩尻市塩尻町6
0263-52-1681

祭神は須佐之男命(すさのおのみこと)、大己貴命(おおなむちのみこと)、誉田別天皇(ほむたわけのすめらみこと)

現在の社殿は、寛保三年(1743)に再建された。現在の社殿は、寛保三年(1743)に再建された。

阿禮神社 | 塩尻市観光協会「延喜式神名帳」にも記された古社で、もともと「阿礼ノ神」は、塩尻峠(塩尻市と岡谷市の境)西麓を流れる四沢川流域で集団生活を送っていた諏訪族神氏を祖とする氏族が、上流にある五百砥山そのものを御神体に祀ったものといわれています。現在の社殿は、寛保三年(1743)に再建したものです。

阿禮神社 | 塩尻市観光協会 から引用

社伝では当初、塩尻峠の東山山麓の五百砥岩付近にあり、奈良時代に柿沢の明神平に遷移した後、江戸時代初頭の中山道塩尻宿の設置に伴い、前宮のみ宿場の西端に遷移したとされる。

五百砥山そのものを御神体に祀ったものといわれている。

由緒書き。由緒書き。

延長5年(927年)の台帳に記載されているそうだ。

堀内家住宅

その隣が塩尻東小学校。その隣が塩尻東小学校。

旧中山道を歩いて行く。旧中山道を歩いて行く。

道祖神があった。道祖神があった。

堀内家住宅まで歩いてきた。堀内家住宅まで歩いてきた。

国の重要文化財に指定されている。

塩尻市の国 重要文化財の民家 | 塩尻市観光協会旧堀ノ内村の名主を務めた豪農の家で、18世紀後半の建築とみられます。本棟造りの中でも大型の上質の家で、特徴である大きな雀おどりをつけているところから正面からの外観も力強いです。

塩尻市の国 重要文化財の民家 | 塩尻市観光協会 から引用

堀内家住宅
〒399-0714 長野県塩尻市堀ノ内117

旧堀ノ内村の名主を務めた豪農の家。旧堀ノ内村の名主を務めた豪農の家

18世紀後半頃の建築とみられる。

長野県独特の本棟造り(ほんむねづくり)と呼ばれる民家だ。

切妻造り妻入り、ゆるい勾配の屋根、雀おどしと呼ばれる棟飾り、正方形の間取りなどが特徴。

見学は土日限定、10日前までに要予約。見学は土日限定、10日前までに要予約。

隣は現在の居住スペース。

庚申塚

石碑が並んでいる。石碑が並んでいる。

国道153号線を歩き、JA松本ハイランドに戻ってきた。

泡の湯の混浴露天風呂レポート!白骨温泉の魅力を徹底解説!【旅行VLOG、レビュー】白濁した泉質!豊富な湯量!三本滝と呼ばれる吐口から落ちる温泉は必見!女性はタオルOKなので安心して入浴してください(笑
白骨温泉は長野県松本市安曇にある温泉地で、泡の湯の混浴露天風呂にはぜひ入りたい。温泉旅館が10軒ほどあり、公共野天風呂での入浴も楽しむことができる。特別天然記念物の噴湯丘や竜神の滝も見どころ。
合計距離: 2242 m
最高点の標高: 740 m
最低点の標高: 714 m
累積標高(上り): 27 m
累積標高(下り): -27 m
総所要時間: 00:37:28
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