志度寺(香川県さぬき市) ⇒ 「死度道場」運慶作仁王門が迎える砂浜の名刹(第86番札所)

志度寺

志度寺とは

補陀洛山志度寺(ふだらくさんしどじ)は、香川県さぬき市志度にある真言宗善通寺派の寺だ。

四国八十八ヶ所霊場第86番札所で、本尊は十一面観世音菩薩(じゅういちめんかんぜおんぼさつ)

補陀洛山 志度寺 – (一社)四国八十八ヶ所霊場会香川県東部、志度湾に面して建立される志度寺。海の向こうはるかには、屋島や五剣山の稜線を望めます。開創は古く推古天皇33年(625)、四国霊場屈指の古刹です。海洋技能集団海人族の凡園子(おおしそのこ)が霊木を刻み、十一面観音(かんのん)像を彫り、精舎を建てたのが始まりと言われ、その後、藤原鎌足の息子、藤原不比等が妻の墓を建立し「死度道場」と名づけられました。その息子房前の時代、持統天皇7年(693)、行基とともに堂宇を拡張し、学問の道場として栄えました。能楽の作品「海士(あま)」の舞台としても語り継がれています。

室町時代には、四国管領の細川氏の寄進により繁栄するが、戦国時代に荒廃。その後、藤原氏末裔、生駒親正(安土桃山時代、信長や秀吉などに仕える)による支援を経て、寛文10年(1671年)高松藩主松平頼重の寄進などにより再興されました。志度は、江戸時代の奇才平賀源内の故郷であり、近くに記念館があります。

補陀洛山 志度寺 – (一社)四国八十八ヶ所霊場会 から引用

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駐車場

2020年11月13日、この日は古街の家に宿泊していた。

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古街の家とは 古街の家(こまちのいえ)は、香川県綾歌郡宇多津町(かがわけんあやうたぐんうたづちょう)にある宿泊施設だ。 一棟貸しが特徴に...

そこから車で、志度寺にやってきた。そこから車で 志度寺にやってきた

海沿いに駐車場がある。

平賀源内

駐車場から少し歩く。駐車場から少し歩く

志度寺に到着。志度寺に到着

志度はエレキテルで有名な平賀源内(ひらがげんない) の生まれ故郷だ。
志度はエレキテルで有名な平賀源内の生まれ故郷だ

平賀源内 - Wikipedia天才、または異才の人と称される。鎖国を行っていた当時の日本で、蘭学者として油絵や鉱山開発など外国の文化・技術を紹介した。文学者としても戯作の開祖とされ、人形浄瑠璃などに多くの作品を残した。また源内焼などの焼き物を作成したりするなど、多彩な分野で活躍した。

平賀源内 – Wikipedia から引用

志度寺の参道に平賀源内のお墓がある。

境内

仁王門の像は、運慶(うんけい)の作だ。仁王門の像は 運慶の作だ

森の中に入っていくような参道。
森の中に入っていくような参道

なにやら工事中。
なにやら工事中

参拝

本堂に参拝する。本堂に参拝する

大師堂。大師堂

志度寺では閻魔大王は十一面観音と同一だとされる、閻魔堂。志度寺では閻魔大王は十一面観音と同一だとされる 閻魔堂

補陀洛山 志度寺 – (一社)四国八十八ヶ所霊場会志度寺の縁起によると、志度寺の閻魔大王は、本尊の十一面観音と同体とされ、頭上に十一面の仏面を頂くお姿で、極楽往生・蘇生の閻魔とされている。閻魔堂に安置されている閻魔大王像は、室町時代の中頃に、等身大の像を作るように命じて自ら体を採寸して与え、「 弥阿」という尼僧を蘇生させたと伝わる。閻魔大王の顔は、参拝する人のその時々の心の在りようによって、怖い顔に見えたり優しい顔に見えたりすると言われている。※画像2

補陀洛山 志度寺 – (一社)四国八十八ヶ所霊場会 から引用

帰路

納経所の奥に庭があるというので、行ってみる。納経所の奥に庭があるというので 行ってみる

参道にある平賀源内のお墓に参拝する。参道にある平賀源内のお墓に参拝する

円通寺にも参拝した。円通寺にも参拝した

駐車場まで戻ってきた。駐車場まで戻ってきた

すぐ先は海だ。

屋島と八栗寺が見えている。

車で、次に向かった。

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合計距離: 210431 m
最高点の標高: 465 m
最低点の標高: 1 m
累積標高(上り): 2231 m
累積標高(下り): -2200 m
総所要時間: 06:03:26
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