大日寺とは
大栗山 花蔵院 大日寺(おおぐりざん けぞういん だいにちじ)は、徳島県徳島市一宮町(とくしまけんとくしましいちのみやちょう)にある真言宗大覚寺派の寺だ。
四国八十八箇所霊場第13番札所、四国三十三観音霊場第5番札所で、本尊は十一面観音。
車の往来が激しい県道の反対側が、かつて阿波の総鎮守であった一の宮神社となっている。開基は弘法大師とされ、縁起によると「大師が森」というこの地で護摩修法をされていたさいに、空中から大日如来が紫雲とともに舞いおり、「この地は霊地なり。心あらば一宇を建立すべし」と告げられた。大師は、さっそく大日如来像を彫造して本尊とし、堂宇を建立し安置したと伝えられている。
大日寺
徳島県徳島市一宮町西丁263
088-644-0069
駐車場
2023年2月18日、この日は常楽寺(じょうらくじ)に参拝した。
そこから車で、大日寺(だいにちじ)にやってきた。
駐車場は少し離れたところに15台ほど停められそうだ。
最高点の標高: 27 m
最低点の標高: 10 m
累積標高(上り): 24 m
累積標高(下り): -15 m
総所要時間: 00:08:42
境内
遍路宿がある。
このあたりは「大師が森」という。
弘法大師が護摩修法をしていると、空中から大日如来が舞いおりた。
大師はさっそく大日如来像を彫造して本尊とし、堂宇を建立したと伝えられている。
この道はとても交通量が多い。
歩道がないので、要注意だ。
本尊は十一面観世音菩薩。
この本尊は、向かいの一宮神社にあった行基作といわれる十一面観音を移したものだ。
空海作の本尊は、秘仏の脇仏とされている。
このため「大日寺」なのに本尊が十一面観世音菩薩という、ややこしいことになった。
山門。
大師堂。
しあわせ観音。
一宮神社
参拝を終え、向かいの一宮神社に向かう。
阿波国一宮と書かれている。。
阿波国一宮は鳴門市の大麻比古神社(おおあさひこじんじゃ)だと思うのだが・・・
どうやら徳島県には一宮が4つもあるようだ。
徳島県の一の宮の神社まとめ4件
徳島県の一の宮の神社まとめ4件|ホトカミ から引用
一宮神社(いちのみやじんじゃ)は、上一宮大粟神社が参拝に不便であるため平安時代後期に作られ、こちらが一宮となったと伝えられる。
内部はこんな感じ。
明治初年の神仏分離以前はここが札所で、大日寺が別当寺だった。
神仏分離で十一面観音像が大日寺の本堂へ遷座し、札所も移された。
これにより、一宮寺と呼ばれていた名称を大日寺ともとの寺名に変えた。
祭神は大宜都比売命(オオゲツヒメノミコト)、天石門別八倉比売命(アマノイワトワケヤクラヒメノミコト)
神馬の下をくぐることができる。
安産開運のご利益があるとされる。
2代目藩主蜂須賀至鎮(よししげ)公の産宮として崇敬された。
大宜都比売命は衣食、農業、商売、開運の御神徳があるとされる。
本殿は重要文化財に指定されている。
扁額。
巨大な石灯籠。
渡れない(笑)神橋。
初代徳島藩主・蜂須賀家政が阿波に入国したとき「国が丸く治まるように」という願いをこめて奉納したものだという。
裏山には、かつての一宮城があった。
徳島県内で最大級の山城で、徳島県指定史跡、とくしま市民遺産に選定されている。
一帯は東山渓県立自然公園として整備されている。
阿波九城の一つとされていたが、一国一城令によって1638年に廃城となった。
1338年に小笠原長宗が城郭を築いて移り住んだ。
最高点の標高: 30 m
最低点の標高: 22 m
累積標高(上り): 20 m
累積標高(下り): -20 m
総所要時間: 00:14:59
車で帰宅した。
最高点の標高: 437 m
最低点の標高: 8 m
累積標高(上り): 2247 m
累積標高(下り): -2242 m
総所要時間: 02:27:35