穂高神社とは
穂高神社(ほたかじんじゃ)は、長野県安曇野市穂高(ながのけんあづみのしほたか)にある神社だ。
信濃国三宮だ。
祭神は穂高見命(ほたかみのみこと)、綿津見命(わたつみのみこと)、瓊瓊杵命(ににぎのみこと)、天照大御神(あまてらすおおみかみ)、安曇連比羅夫命(あづみのむらじひらふのみこと)
穂高見命を御祭神に仰ぐ穗髙神社は、信州の中心ともいうべき 安曇野市穂高にあります。そして奥宮は穂高連峰の麓の上高地に祀られており、嶺宮は北アルプスの主峰奥穂高岳に祀られています。穂高見命は海神(わたつみ)族の祖神(おやがみ)であり、その後裔(こうえい)である安曇族は北九州方面に栄え主として海運を司り、早くより大陸方面と交流し文化の高い氏族であったようです。醍醐天皇の延長五年(西暦九二七年)に選定された延喜式神名帳には名神大社に列せられ古くより信濃における大社として朝廷の崇敬篤く、殖産興業の神と崇められ信濃の国の開発に大功を立てたと伝えられています。
また当社は三殿あるご本殿一殿を二十年毎造り替える式年遷宮祭を五百年以上前より齋行しております。
古くより日本アルプスの総鎮守、交通安全、産業安全の守り神として広く信仰され、近年では初宮詣、厄除、八方除など個人の幸せを祈る人があとを絶ちません。
穗髙神社について 穗髙神社 から引用
穂高神社
〒399-8303 長野県安曇野市穂高6079
0263-82-2003
【長野県】のパワースポット!穂高神社の魅力を紹介 |【旅行VLOG、レビュー】日本アルプスの真ん中なのに舟の神社?!その謎に迫る!859年の記録が残っている古い神社は海神族の祖神の末裔??
駐車場
2024年1月9日、この日は御食事処 穂の香(ほのか)でランチを済ませた。
そこから車で、穂高神社(ほたかじんじゃ)にやってきた。
駐車場はとても広い。
境内
例大祭は「御船祭」と呼ばれ、毎年9月26日、27日に行われる。
大きな船形の山車(だし)「御船(おふね)」をぶつけ合う。
白村江の戦いで祭神の安曇連比羅夫命(あづみのむらじひらふのみこと)が戦死した。
彼を追悼するために始まったという古い祭りだ。
安曇野市穂高ほたかの穂高神社では、毎年9月26日、27日に御船祭りが開催されます。一説によると御船祭りは、7世紀中ごろに活躍した武将・安曇あづみ比羅夫ひらふが天智天皇の命令で朝鮮半島に出兵し、白村江はくすきのえで戦死したことを追悼する祭りとして始まったともいわれます。確認できる最も古い記録として、江戸時代中ごろの古文書に「往古より(大昔から)船を2艘出していた」という記述があることから、穂高神社での御船祭りの始まりは江戸時代半ばよりも前であることは確実です。
ステンレスで作られた日本唯一の道祖神。
長野県が平均寿命日本一になったことを記念して、平成25年に作られた。
3年前にも参拝したのだが、初めて知った。
前回は別の駐車場に停めたので、ここを通らなかったようだ。
ニワトリさんがたくさんいたよね。
祭神の天照大御神(あまてらすおおみかみ)が天岩屋戸に隠れたとき、ニワトリを集めて呼び戻そうとした逸話から、御眷属とされている。
樹齢500年以上という孝養杉。
参拝
拝殿は中殿の左右に左殿、右殿が建つ。
20年ごとに社殿を造り替える式年遷宮を行っている。
祭神は、中殿が穂高見命(ほたかみのみこと)
左殿が綿津見命(わたつみのみこと)
右殿が瓊瓊杵命(ににぎのみこと)
さらに若宮に天照大御神(あまてらすおおみかみ)
相殿に安曇連比羅夫命(あづみのむらじひらふのみこと)を祀っている。
どんど焼きがダルマ。
地元では「三九郎」というそうだ。
「三九郎」と呼ぶのは、道祖神の祭りをする神主福間三九郎大夫の名をとったという説がある。
こう呼ぶのは長野県の中信地方だけだ。
三九郎とは、正月飾りやダルマ、書初めなどを焼いて無病息災を願う伝統行事です。
全国的にも似たような行事がありますが、「三九郎」と呼ぶのは、長野県の中信地方だけのようです。県内の他の地域では「どんど焼き」などと呼ばれています。
「三九郎」という呼び名の由来は、道祖神の祭りをする神主福間三九郎大夫の名をとったものだとか、諸説いろいろあるようですが、はっきりしたことは不明です。
結びの石神。
コロナに配慮して、手を触れず参拝した。
触れてしまいました。
お正月なので熊手を売っていた。
穂高神社は859年の記録が残っている古い神社だ。
安曇族は北九州方面で海運を行っていたという。
穂高見命は海神(わたつみ)族の祖神(おやがみ)だ。
山の中の神社だが、そういう経緯で舟と結びつきが強い。
南駐車場という広い駐車場も設置されている。
登山にも利用できるようだ。
ここから歩いて行く。