大山積神社
2024年12月13日、この日は愛媛県新居浜市外山町(えひめけんにいはましとやまちょう)にあるビジネスホテルMISORAに宿泊していた。
そこから車で、大山積神社(おおやまづみじんじゃ)にやってきた。
大山積神社
〒792-0844 愛媛県新居浜市角野新田町3丁目13
0897-41-2200
圧巻の迫力『かきあげ』と呼ばれる神事で有名な内宮神社に参拝してきた!706年創建の歴史ある神社【旅行VLOG、レビュー】別子銅山の守護神!大山積神社【愛媛県観光】河東碧梧堂が絶賛し命名した臥竜峡も!
隣接する別子銅山記念館は休館中。
工事中だ。
先にご連絡のとおり、別子銅山記念館では保全改修工事を行うこととなり、下記のとおり臨時休館させていただくこととなりました。
無料なのに。
SLを展示していた。
1983年に開通した鉱山鉄道用で実際に使用されていた蒸気機関車。
ドイツミュンヘンのクラウス社から購入した。
初代坊ちゃん列車と同型。
トロリー電車もあった。
由緒書き。
祭神は大山積神(おおやまづみのかみ)、倉稲魂命(うかのみたまのみこと)
1691年の別子銅山開坑時に創建された。
住友グループの守護神で、新居浜市や住友グループの礎を作った別子銅山の守護神が奉られている。
全国の鉱山に勧請された鉱山型大山祇神社の中で1605年の佐渡金山の大山祇神社に次いで創建が早い。
鉱夫が入抗する際には、必ず坑口に奉られる御祭神を拝礼したという。
大三島の大山祇神社は伊予国一宮だ。
そこから勧請された。
1928年に現在地に遷座した。
生子橋
参拝を終え、歩いて行く。
正岡子規の句碑がある。
今からおじいが精錬します。
ここにかかる橋は生子橋(しょうじばし)
生子山には南北朝時代に越知俊村が砦を築いていた。
かつては上流に鉱石を山根製錬所に搬入するために架けられていた。
上流にマイントピア別子(べっし)がある。
さらに上流には東洋のマチュピチュと呼ばれる別子銅山東平(とうなる)がある。
西赤石山の登山口でもある。
生子橋(しょうじばし)を渡る。
かつて河東碧梧堂がこの渓谷の佳景を絶賛して、臥竜峡と命名した。
1983年に現在の鉄筋コンクリート製の朱塗りの橋に架け替えられた。
内宮神社
橋の対岸に内宮神社(うちのみやじんじゃ)が鎮座する。
2つとも行くのぉ〜?
バチ当たりなおばあ。
内宮神社(うちのみやじんじゃ)を「ないぐう」だと思っているおじい。
どっちもどっち(汗;)
ハァ〜。
この石段を「内宮神社かきあげ」で太鼓台を担いで登る。
内宮神社
〒792-0835 愛媛県新居浜市山根町10-3
0897-41-5290
正一位稲荷大明神の鳥居を抜けていく。
祭神は宇迦之御魂大神。
京都伏見稲荷大社より勧請したそうだ。
社伝によると、706年(慶雲3年)8月、伊勢神宮の内宮から勧請して創建されたという。
祭神は天照大御神(あまてらすおおみかみ)
正式名称は「内宮天照皇大神宮」(うちのみやていしょうこうたいじんぐう)。
伊勢神宮と読み方が全く違うので間違える(いいわけです)
「西の伊曽乃、東の内宮」と並び称されていた。
天照大神御弟神本社。
祭神はすさのおの大神ほか。
六社合祀されている。
知らない間に前回と同じルートになっていた。
瑞應寺に向かった。
最高点の標高: 116 m
最低点の標高: 57 m
累積標高(上り): 251 m
累積標高(下り): -269 m
総所要時間: 02:47:41