岡寺とは
岡寺(おかでら)は、奈良県高市郡明日香村(ならけんたかいちぐんあすかむら)にある寺だ。
真言宗豊山派の寺院。山号は東光山。院号は真珠院
西国三十三所観音霊場の第七番札所として西国霊場草創1300年来、第七番の観音様として信仰を集めており、また日本最初やくよけ霊場としても知られています。
岡寺
〒634-0111 奈良県高市郡明日香村岡806
0744-54-2007
見どころ満載!奈良県に来たら参拝したい4寺巡礼!空海の日本最大の如意輪観音塑造!日本で最初の厄除け霊場!西国三十三ヶ所観音霊場第七番札所!岡寺(龍蓋寺)の魅力を紹介【旅行VLOG、レビュー】
駐車場
2025年1月9日、この日は奈良県宇陀市(ならけんうだし)にある美榛苑(みはるえん)に宿泊していた。

この日は大雪で、高知の人間には試練(汗;)
とても奈良県とは思えないほどだ。
近鉄の線路沿いに国道370号線を走る。
県道198号線から国道166号線に向かう。
明日香村(あすかむら)にやってきた。
岡寺(おかでら)に続く道は通行困難なので要注意。
擦れ違いもままならない。
しかも斜度もあるので雪の日は緊張する。
駐車場はいくつかに分かれている。
雪道は高知の人間には鬼門だ(冷汗;)
境内
岡寺(おかでら)は、阿倍文殊院(あべもんじゅいん)、室生寺(むろうじ)、長谷寺(はせでら)の4寺巡礼を行っている。



日本で最初の厄除け霊場であるといわれている。
動画撮影OKだって。
覚えられないおじい。
4寺全部行ったのにね。
拝観料は400円。
仁王門は慶長17年(1612年)に再建されたもので重要文化財に指定されている。
厄除けの行事のため、本堂には入れないと言うことでした。
参道は石段。
西国三十三ヶ所観音霊場の第七番札所。
天智天皇の勅願によって義淵(ぎえん)僧正により建立された。
正式には『龍蓋寺(りゅうがいじ)』という寺名だ。
飛鳥の地を荒らし農民を苦しめていた悪『龍』を、義淵僧正がその法力をもって池の中に封じ込め大きな石で『蓋』をし改心をさせたことからその名が付いたと伝わる。
平勝宝三年(751)の正倉院文書で初めて出てくる古刹だ。
古来より土地の名から『飛鳥の岡にある寺』=『岡寺』の名で知られている。
山号は東光山(とうこうさん)院号は真珠院(しんじゅいん)
真言宗豊山派の寺だ。
本堂は文化2年(1805年)に再建された。
鐘楼は厄除けの鐘とされ、自由に撞くことができる。
文化2年(1805年)頃に再建された。
梵鐘は文化5年(1808年)の作。
本堂
本尊は如意輪観音座像。
天智天皇の勅願によって義淵(ぎえん)僧正により建立された。
本尊は弘法大師の作と伝わる。
如意輪観音坐像で像高4.85mの日本最大の塑造。
本堂は30年以上かかって建立され奈良県指定有形文化財。
残念ながら撮影禁止。
神仏習合を色濃く残す。
奥の院
瑠璃井と言う井戸がある。
奥の院の霊水で弘法大師ゆかりの厄除の涌き水とされ現在も使用されている。
稲荷明神社(如意稲荷社)
弥勒の窟。
弥勒菩薩が納められている。
しゃくなげの道。
義淵(ぎえん)僧正廟塔。
開祖である義淵僧正の廟塔と伝えられる宝篋印塔で延文5年(1360年)建立。
ここからの本堂の眺めはベストポジション。
三重塔まで歩いてきた。
古来三重宝塔は旧境内地(現治田神社境内)に建っていた。
文明4年(1472)の大風により倒壊してしまった。
昭和59年に復興に着手、昭和61年に再建し、平成13年に完成した。
書院
大師堂。
昭和の始めの建立。
四国八十八ヶ所霊場のお砂踏みがある。
もう回っているけど。
横峰寺で結願(けちがん)した。

書院の下は日本庭園になっている。
書院は国指定の重要文化財だが非公開。
仁王門の飾は龍虎。
治田神社
治田神社(はるたじんじゃ)に向かう。
元々は岡寺はこの地にあった。
基壇や礎石、瓦が出土しており、そのことから岡寺の鎮守社とも推測されている。
祭神は応神天皇、素戔嗚尊、大物主命。
創建年は明らかになっていないが『延喜式神名帳』に記載されていることから、平安時代以前の創建であることは確かだ。
8世紀に岡寺の伽藍がここにあったと推測される。
岡寺の鎮守社と推測されている。
参拝を終え、車で先に進んだ。
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