雲仙地獄とは
雲仙地獄(うんぜんじごく)は、長崎県雲仙市小浜町雲仙(ながさきけんうんぜんしおばまちょううんぜん)にある観光地だ。
多数の噴煙が上がる景観で知られる。
雲仙の古湯と新湯の間の白い土(温泉余土)におおわれた一帯が雲仙地獄地帯です。
地獄とは仏教の教えで前世の悪業の苦報を受ける所という意味ですが、至る所から高温の温泉と噴気が激しく噴出し、強い硫黄臭が漂う中、湯けむりをもうもうと立たせるさまは、恐ろしげな地獄の景色そのものと言えるでしょう。
雲仙地獄 – 雲仙温泉観光協会 から引用
雲仙地獄
長崎県雲仙市小浜町雲仙
ホテル
2021年11月16日、この日は島原まゆやまロードをドライブした。
そこから車で、湯快リゾート雲仙温泉雲仙東洋館にやってきた。
大自然と湯けむりに包まれたパノラマビューの展望風呂
最高点の標高: 754 m
最低点の標高: 5 m
累積標高(上り): 1266 m
累積標高(下り): -595 m
総所要時間: 00:55:05
チェックインを済ませ、雲仙地獄に歩いて行く。
温泉神社
ここに来るのは4年ぶりだ。
温泉神社(おんせんじんじゃ)にやってきた。
先にビジターセンターに行くというおばあ。
しかしビジターセンターは遠すぎる。
素直に手前の温泉神社から歩いて行くことにした。
温泉神社は以前は「温泉(うんぜん)」と読ませていたという。
神仏習合の時代には、島原惣鎮守の四面宮(しめんぐう)と称し、江戸時代には島原藩の祈願所にもなっていました。
社伝によれば、文武天皇が四面宮を雲仙に造営するよう行基に命じ、九州総守護として四面宮が創建されたのだとか。島原半島には十数社の温泉神社がありますが、もともとはこの温泉山満明寺の鎮守・四面宮が総本社で、四面宮だったもの(長崎県神社庁によれば四面宮が起源の神社が計25社あるとのこと)。
長崎県諫早市に鎮座する諫早神社(いさはやじんや)も江戸時代は四面宮で、荘巌寺が別当でした。昭和9年の雲仙国立公園の制定までは、温泉と書いて「うんぜん」と読ませていましたが、温泉山満明寺に由来するもの。
近世まで、雲山地獄一帯は、温泉山が管理する女人禁制の霊山で、温泉山に登拝する際には満明寺が発行する手形、「上り切手」が必要で、帰路には本坊・一乗院から「帰り切手」が発行されていました。
温泉神社(雲仙) から引用
文句をたれまくるおばあ(汗;)
ブーたれています。
以前は四面宮(しめんぐう)と称し、島原半島にある十数社の温泉神社の総本社だという。
樹齢200年の夫婦柿。
ビジターセンター
温泉神社から地獄谷めぐりに行けるはずだったのだが・・・。
なにやら工事中で、通行止めだった(汗;)
車道に戻り、雲仙地獄に向かう。
硫黄の臭いが凄い。
ビジターセンターに到着。
明日登る普賢岳(ふげんだけ)の情報を仕入れることにした。
立体地図があって、よく分かる。
ここに来る前に走ってきた眉山ロードもある。
雲仙地獄
インフォメーションセンターを出て、まず案内看板でルートを確認。
きれいな遊歩道が整備されている。
紅葉が見頃と言うことだったのだが、ちょっと遅かったようだ。
大叫喚地獄まで歩いてきた。
雲仙地獄の東側に位置し、最も噴気の激しい場所で、間近で噴気現象を観察することができます。展望所には「大叫喚地獄」の石碑が整備されており、記念撮影にご利用ください。
雲仙地獄 – 雲仙温泉観光協会 から引用
モンク?
つきあうおじい。
ここはキリシタン殉教の地としても知られる。
江戸時代に起こったキリシタン弾圧では、雲仙でも改宗させる手段として使われ、拷問が行われました。殉教碑はここ雲仙地獄で殉教した人々の鎮魂の碑です。毎年5月の第3日曜日にはこの地でキリシタン殉教祭が行われます。
雲仙地獄 – 雲仙温泉観光協会 から引用
ここに来たら温泉卵を食べるしかない。
温泉卵を狙う野良猫たち。
ホテルに戻った。
最高点の標高: 711 m
最低点の標高: 672 m
累積標高(上り): 107 m
累積標高(下り): -105 m
総所要時間: 01:22:58