極意とは
宿坊極意(ごくい)は、長野県長野市戸隠(ながのけんながのしとがくし)にある旅館だ。
当家は戸隠神社の聚長家(宿坊のこと)で、代々神明奉仕をその職としております。聚長家(宿坊のこと)というのは、戸隠山(戸隠神社全体をいいます)への神明奉仕の傍ら全国から集まる信者に祈祷の取次ぎや、宿泊等の便宜をお計りするもので、当家の創始は中世、この地が山岳信仰のメッカだった頃といわれ、能海防(のうかいぼう)といいました。
江戸時代初期に寺格昇進に伴い徳善院と改めました。この時代中頃より、集団での寺社参拝が許され世話人(先達)と呼ばれる人達により戸隠講がたくさんつくられました。宿坊は各講の指定宿舎となりおおいに賑わいました。明治の廃仏毀釈以降は極意と名乗り現在に到っております。
建物は文化12年(1815年)に再建されたもの(平成17年2月「国の登録有形文化財」に指定)で、積雪に強い「セガイ造り」と呼ばれる神殿、庫裏、庭園からなり神殿は東西六間半、南北五間。庫裏は七間と十一間です。厚さが一米半に及ぶ萱葺き屋根は雪の多い戸隠にふさわしい、力強さを見せています。
神殿には「天手力雄命」(たじからおのみこと)、「天思兼命」(おもいかねのみこと)、「天表晴命」(うわはるのみこと)、「九頭龍大神」(くずりゅうおおかみ)、「天市杵嶋姫命」(いちきしまひめ)、釈迦如来(しゃかにょらい)が祭られています。
もともとは寺の宿坊で1815年に建てられ、国の登録有形文化財に指定されている。
駐車場
この日は2020年10月20日、戸隠神社に参拝した。
そこから車で、宿坊極意にやってきた。
紅葉している。
館内
重厚な玄関。
入ると、参拝所がある。
今回はGOTOキャンペーンを利用しているので、格安で宿泊できた。
部屋
チェックインし、部屋へ。
今回は和室だ。
いかにも古そうな梁がむき出し。
トイレ付きの部屋を頼んだつもりが、勘違いでトイレ無しの部屋になっていた(汗;)
夕食
夕食に行くことにしたが、階段で頭を打ちそうで怖い。
夕食会場は、参拝所だ。
この日のメニュー。
魚のホイル焼き。
湯葉鍋。
椀もの。
そして、戸隠そば。
戸隠でのそばの歴史は、平安時代、山岳修験者の携帯食として
そば粉が珍重されたことに始まります。
江戸時代になると、寛永寺から当時の戸隠山・顕光寺に
「そばきり」の技が伝えられたという記録があります。
その後、遠来の賓客や戸隠講の人々に振る舞うおもてなし料理として広がりました。
戸隠神社となった明治以降も、そば打ちの技は大切に受け継がれ、今に至っています。
永い歴史と伝統の技を受け継ぐ戸隠そば。
各店によって、麺の太さやつゆの味など、個性が異なります。
ぜひ食べ比べて、お気に入りの一軒を見つけてください。
戸隠そばは、日本三大そばの一つだ。
戸隠そば(とがくしそば)は、一般には、長野県長野市戸隠(旧戸隠村)の蕎麦(そば)をさす。岩手県のわんこそば、島根県の出雲そばと共に、日本三大そばの一つとされる。
戸隠そば – Wikipedia から引用
ちゃんと「ぼっち盛り」で出された。
戸隠そばの特徴として、
挽きぐるみ(ソバの甘皮を取らずに挽く)の蕎麦粉を使用すること。中には玄そばまで挽き込むこともある。
延すとき、四つ出し(四角く伸ばす)をせず、丸延しすること。
麺棒は一本のみ。
水を殆ど切らずに出すこと。
「ぼっち盛り」と呼ばれる独特の盛り付けをすること。「ぼっち盛り」とは、一つのざるに5ないしは6束、開口部のつぶれた馬蹄形状に盛る形式をいう。ぼっち(束)の数は戸隠内の地域で変わる。
根曲り竹で編まれた円形のざるに盛ること。
「ざる」であっても海苔がかけられないこと。
薬味には、今は「信州の伝統野菜」に認定されている地元の「戸隠大根」と呼ばれる辛味大根を使うこと。
蕎麦が出てくるまでの間に大抵は自家製の漬物などが供されること。
天ぷらにはワラビやコゴミといった地元で獲れる山菜類がふんだんに使われること。
といったものが挙げられる。
戸隠では、各家庭に蕎麦打ち職人がいると言われるくらい生活に密着している。
戸隠そば – Wikipedia から引用
デザートは、フルーツ。
朝のお勤め
翌朝は、神事に参加する。
この部屋は照明が洋風で、和洋折衷なのが面白い。
神事は撮影OKだった。
たいがい撮影不可なので、これは珍しい。
朝食
神事が終わり、朝食会場のレストランへ。
メニューはこんな感じ。
食後はお土産コーナーを物色。
チェックアウトし、先に進んだ。
感想
さすが重厚な建物だ。
それだけに、設備が古めかしいのはいたしかたない。
部屋にトイレがなかったのは、致命的なミスだった。
もっとよく確認すべきだった。
食事はとてもおいしく、ボリュームもちょうど良かった。
朝のお勤めも、気持ちがいい。
GOTOトラベルで格安で泊まれて、ラッキーだった。