須崎八幡宮 ⇒ 宝永地震で流された神輿が伊豆に流れ着いた??

須崎八幡宮

須崎八幡宮とは

須崎八幡宮(すさきはちまんぐう)は高知県須崎市西古市町(すさきしにしふるいちまち)にある神社だ。 祭神は品陀和気命(ほむだわけのみこと)、つまり応神天皇(おうじんてんのう) 創建は鎌倉時代とされ、800年にも及ぶ歴史の長い神社だ。 津野親忠(つのちかただ)が奉納したと伝わる甲冑や武者人形が保存されているそうだ。
津野親忠 - Wikipedia 元亀3年(1572年)、土佐国の戦国大名・長宗我部元親の三男として誕生。父・元親が土佐国の豪族・津野氏を降し、津野勝興の養子として親忠を送り込んだことにより津野氏の当主となった。 天正14年(1586年)、長兄の長宗我部信親が戸次川の戦いで戦死すると、親忠も長宗我部氏の家督相続争いに巻き込まれる。家臣の久武親直の讒言に加え、人質時代に藤堂高虎と親しかったこともあって父・元親からは嫌われ、家督は弟の長宗我部盛親が継ぐこととなった。慶長4年(1599年)3月には元親によって幽閉される。 慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いで当主・盛親が西軍に与して敗れた後、親忠も井伊直政を通じて徳川家康に謝罪し本領安堵をしてもらうように取り付けようとしたが、親直が「親忠が藤堂高虎と謀って土佐の半国を支配しようとしている」と讒言したため、親忠は盛親によって9月29日に香美郡岩村・霊厳寺にて殺害された。享年29。親忠を殺したことにより、盛親は「兄殺し」として家康に咎められたことが長宗我部氏の改易の一因となった。
津野親忠 – Wikipediaから引用
宝永の大地震の津波で神輿が遠く伊豆まで流され、流れ着いた伊豆では豊漁が続いた。 この神輿を伊豆まで迎えに行ったことが記録されているそうだ。
須崎八幡宮 - 特定非営利活動法人暮らすさき鎌倉時代には創建されていた歴史の長い神社。宝永の大地震の時に津波で流された御神輿が、遠く伊豆まで流されましたが、伊豆では豊漁が続いたそう。この御神輿を伊豆まで迎えに行ったことが記録として残っています。
須崎八幡宮 – 特定非営利活動法人暮らすさきから引用

駐車場

この日は、まず大善寺に参拝した。
大善寺とは 高野山(こうやさん)大善寺(だいぜんじ)は高知県須崎市真言宗の寺だ。 四国別格二十霊場第五番札所、四国三十三観音霊場第十四番...
その後、車で須崎八幡宮にやってきた。 駐車場は広いが、月極駐車場になっていてどこに停めたらいいか迷う。 とりあえず契約になっていなさそうな木の根元に停めることにした。

参道

正面に回って、鳥居から入る。 手水舎。 御大典祈念碑。 拝殿の前には、大きな楠。

参拝

拝殿。 内部は、こんな感じ。 本殿も立派だ。 まだ新しそうだ。 反対側からも見てみた。

西鴨神社

拝殿左手に、西鴨神社が鎮座する。 中はこんな感じだ。 本殿。

稲荷神社

拝殿右側に、稲荷神社が鎮座する。 朱塗りの、鮮やかな社だ。 祭りの道具が保管されているようだ。 その先にも、摂社が鎮座する。 津野神社。 津野親忠を祀ったのだろう。

感想

須崎市の中心部に鎮座する神社だ。 境内は広く、駐車場としても活用されている。 摂社も多くあるので、ぜひ参拝したい。