本妙寺
2020年11月12日、この日は郷照寺に参拝した。
そこから徒歩で、町を歩いて行く。
とても古めかしい通りだ。
本妙寺(ほんみょうじ)に到着。
讃岐6番神の1つである。境内を上がっていくと、日蓮大聖人並びに日隆聖人の大銅像が目につきます。また350年以上前の蘇鉄、城跡のなごりをもつ石垣日隆聖人の手掘りの井戸と伝えられる鳳凰霊水など本妙寺七不思議として多くの見どころがある。
神社仏閣紹介 – 宇多津町 から引用
法華宗のお寺のようだ。
町歩き
宇多津町の街歩きをしていると、凄いお店があった。
5円玉で作った虎や鶏など、驚くほどの完成度だ。
宇多津町にもアイスクリンがあった。
駄菓子屋菓楓(かふう)
ここにも古街の看板があった。
宇夫階神社
宇夫階神社(うぶしなじんじゃ)に到着。
祭神は大己貴命(おおなむちのみこと)だ。
伝承では、宇夫階神社は紀元前から鵜多郡の郷に鎮座し、宇夫志奈大神として祀られている。景行天皇の皇子日本武尊の子、武殻王(たけかいこおう)が阿野郡に封ぜられた際に、瀬戸内海海岸を船で御巡視したが、暴風雨に遭遇し、王は驚いて宇夫志奈神に祈念すると、小烏が跳び風波を凌ぐ道しるべとなり王を導いた。王は大変喜び、水夫に命じて烏に従い、泊島(丸亀市塩飽本島泊)に漂着し難を逃れた。これより宇夫志奈大神を一層篤く崇められ、小烏大神と称されるようになったとされる。現在でも「小烏(こがらす)さん」との別称が地域で受け継がれている。 また光仁天皇により、779年(宝亀10年)には社殿再興のことが伝えられている。 さらに平城天皇の806年(大同元年)10月、藤原鎌足四世の孫左京大夫藤麻呂の孫とされる、津の郷の長者、末包和直に宇夫志奈大神の託宣があり、末包は刻当時の国守に上申し、神主となり長く祭祀を行い来った。翌807年、平城天皇の治世に、社殿から光明が射すことが度々あり、勅命により現在の位置に遷座し社殿が造営された。 1957年(昭和32年)5月の申酉の日、遷座1150年祭を開催したが、その際大祭を申酉祭と称したのは以上の由緒によっている[3]。
宇夫階神社 – Wikipedia から引用
本殿は伊勢神宮外宮にあった多賀宮正殿を復元した建物だ。
本殿で参拝する。
社務所まで下り、塩竈神社(しおがまじんじゃ)に参拝する。
宇多津町は塩田の町だっただけに、塩と縁が深いのだろう。
その奥に、石鎚神社や貴船神社など境内社がずらりと並ぶ。
御膳岩(ごぜんいわ)という巨石があった。
宇夫階神社本殿裏にあるこの巨大な岩石は高さ5.5m、直径4m重量は300t以上と推定されている社伝によれば7~800年頃に再興されたが、上古より鎮座していたとある
少なくとも出雲系の勢力が進出してきた頃には鵜足郡一帯の中心的祭祀場であったのだろう
この巨大な御膳岩をご神体として綿々と祭祀が行われていたのである
しかしこの岩石…明らかに人為的に立てたものではないか?….
岩石の土台部分は基礎をついたとしか思えないような構造である
重さ300tもの岩石を古代人がどの様な技術で行ったのか大いなる謎である
宇夫階神社 御膳岩 から引用
一番奥に、金刀比羅神社(こんぴらじんじゃ)があった。
いわさか。
再び街歩き
宇夫階神社を出て歩いて行くと秋葉大権現(あきばだいごんげん)があった。
宇多津町役場。
とんがり屋根の建物は、倉の館三角邸(くらのやかたさんかくてい)という国の登録有形文化財だ。
とんがり屋根がひときわ目立つ古街のシンボル的な建物で、国の登録有形文化財になっています。もとは肥料商であった堺氏の別棟で、1996年に町が購入し、改修しました。昭和初期のぜいを尽くした近代和風建築で、書院造りの様式を取り入れた和風の建物の隣に、ステンドグラスがはめられた洋館が立つ大きな邸宅からは、宇多津が繁栄した時代の様相が伝わってきます。
倉の館三角邸の由緒書き。
仲の橋(なかのはし)を渡る。
昔は電車の線路が通っていたそうだ。
歩行者専用の橋。昔、琴参電鉄という鉄道が通っていて、坂出や丸亀に通勤通学する町民に親しまれていました。
寿美久満という立派な料亭があり、玄関の松の木の枝振りに驚く。
100年以上の歴史がある料亭でランチもあるそうだが値段が値段なので俺たちには縁遠い(苦笑)
西光寺(さいこうじ)に到着。
川辺に立つ寺院で、その姿が水面に写り大変美しい。
境内には、江戸時代末期に多度津藩で建造した船屋形を床や襖建具など当時のままで茶室として用いている。
船屋形の形を残している数少ない船の遺物である。
荒神社(こうじんじゃ)に到着。
総社神社にも参拝する。
うたんぐらという遍路宿。
聖徳院(しょうとくいん)に到着。
讃岐33観音霊場第29番札所である。日本三大薬師の1つ眼の神さんの分霊所となっている。
また本尊である聖徳太子の二歳立像は日本三大太子の一つで鎌倉時代の最高の代表作といえる。
日本三大太子の一つである聖徳太子の二歳立像がある。
天満天神宮にも参拝する。
常泉寺(じょうせんじ)にやってきた。
良心市があったので、ミカンを買った。
このあと古街の家にチェックインだ。
最高点の標高: 25 m
最低点の標高: 4 m
累積標高(上り): 65 m
累積標高(下り): -66 m
総所要時間: 01:40:13