多賀大社とは
多賀大社(たがたいしゃ)は、滋賀県犬上郡多賀町多賀(しがけんいぬかみぐんたがちょうたが)にある神社だ。
年間約170万人の参拝者があるという。
古くから「お多賀さん」の名で親しまれる滋賀県第一の大社です。
日本最古の書物「古事記」によると、この二柱の大神は神代の昔に、初めて夫婦の道を始められ、日本の国土、続いて天照大神をはじめとする八百万(やおよろず)の神々をお産みになられました。生命(いのち)の親神様であることから、古く「延命長寿・縁結び・厄除け」の神様として信仰を集め、鎌倉時代から江戸時代にかけては、武家や民衆にも信仰が広まり、多賀大社の分祀社は全国239社を数えます。
春のしだれ桜、秋の奥書院の紅葉なども見事で、近辺には彦根城や湖東三山、琵琶湖などの名所にも恵まれ、年間約170万人の参拝者を迎えています。
お多賀さんとは|多賀大社 から引用
多賀大社
〒522-0341 滋賀県犬上郡多賀町多賀604
0749-48-1101
年間170万人が参拝する!【滋賀県観光】多賀大社/滋賀県多賀町【旅行VLOG、レビュー】オタマジャクシの語源?太閤秀吉の信仰!寿命が延びる?楽しい門前町「絵馬通り」には名物の糸切餅と赤こんにゃく!
はま寿司
2024年1月12日、この日は落合宿(おちあいじゅく)を歩いた。
そこから車で、はま寿司 中津川店にやってきた。
はま寿司 中津川店
〒509-9132 岐阜県中津川市茄子川字青木1999−25
0570-030-445
ここに来るのは2ヶ月ぶりだ。
ここでランチを済ませ、車で移動する。
駐車場
滋賀県の多賀大社(たがたいしゃ)参拝者駐車場にやってきた。
ビックリするくらい広い。
多賀大社 参拝者駐車場
〒522-0341 滋賀県犬上郡多賀町多賀3891
0749-48-1101
由緒書き。
「お伊勢参らばお多賀へ参れ お伊勢お多賀の子でござる」という俗謡があるほど、人気のある神社だ。
祭神は伊邪那岐命(いざなぎのみこと)、伊邪那美命(いざなみのみこと)
多賀SA(たがサービスエリア)のスマートICを下りてすぐだった。
近くには胡宮神社(このみやじんじゃ)、王滝神社が鎮座している。
胡宮神社(このみやじんじゃ)は古くから多賀大社の奥宮とされてきた。
元は敏満寺(びんまんじ)の鎮守社だった。
足下に名神高速道路を見下ろす眺めの良い丘の上に立ち、寿福・延命に御利益があると伝えられています。青龍山(せいりゅうざん)の巨石信仰が起源といわれ祭神は多賀大社と同じ伊邪那岐命(いざなぎのみこと)・伊邪那美命(いざなみのみこと)。もとは敏満寺(びんまんじ)の鎮守社であったので、敏満寺の境内であったといわれる場所に建っています。敏満寺は聖徳太子開基の天台宗の寺院で、湖東三山と並ぶほどでしたが、戦国時代に兵火により焼失してしまい廃寺となり、神社だけが再建されました。現在は胡宮神社の境内に金堂や大門跡が残っています。鎌倉時代前期の銘がある境内の銅製五輪塔は、重源(ちょうげん)が延命祈願をして願いが叶い、寄進をしたものと伝えられ、国指定の重要文化財になっています。
駐車場から少し歩く。
境内
多賀大社まで歩いてきた。
滋賀県の名物の赤こんにゃくを売っていた。
永源寺に参拝した時に食べた。
参道は商店が並んで賑やかだ。
糸切餅(いときりもち)が名物だ。
こうして平和が蘇えったのを喜ぶ里人は、おだんごを作り蒙古軍の旗印の赤青三筋の線を書き、此れを弓のつるで切って御神前におそなえしたのじゃよ。
それが今に伝わりお多賀さんの名物糸切餅と成ったのじゃ。
祭神は伊邪那岐命(いざなぎのみこと)、伊邪那美命(いざなみのみこと)
年間約170万人の参拝者があるという。
まず案内看板でルートを確認。
太閤橋(たいこうばし)と呼ばれる石の反り橋がある。
太閤秀吉が母の大政所(おおまんどころ)の病気平癒を祈った奉納により築造されたと伝わる。
通行禁止になっていた。
御神門。
参拝
境内はとても広い。
手水は竹製。
全国に239社ある多賀神社の総本社だ。
「延命長寿・縁結び・厄除け」の神様として信仰を集めている。
927年の『延喜式神名帳』に記載されている古い神社だ。
平等院みたい。
現在の社殿は1932年に再建された。
三間社流造り。
素木造で檜皮葺の大社造りだ。
実にかっちょいいいです!
お守りとしてしゃもじを授ける「お多賀杓子(おたがじゃくし)」という慣わしがある。
これは「お玉杓子」や「オタマジャクシ」の名の由来とされている。
元正天皇の病気が、しでの木で作った杓子を献上すると直ったとされる。
元正天皇の病気に際し、当社の神主が強飯を炊き、しでの木で作った杓子を献上、天皇はたちまち治癒されたと伝え、そのしでの木が現存する飯盛木で、杓子は「お多賀杓子」として有名です。
お多賀さんとは|多賀大社 から引用
金咲稲荷神社。
豊川稲荷を思い出した。
寿命石。
61歳の重源(ちょうげん)が東大寺を再建するために延命を祈願し、無事願いが叶ったという。
平安の昔、東大寺の再建を命ぜられた俊乗坊重源は当社に参詣、二十年の寿命を授かりました。寿命石はその由緒を伝える石として延命を祈る人が耐えません。
お多賀さんとは|多賀大社 から引用
延命長寿の神として古くから全国的な信仰を集めている。
国歌に歌われるさざれ石。
能舞殿。
甘酒を買いに来た。
売り切れだった(汗;)
神社なのに鐘楼がある。
1555年に浅井長政や佐々木一族らが鋳造したといわれる。
日向神社
日向神社(ひゅうがじんじゃ)にやってきた。
祭神は瓊々杵尊(ににぎのみこと)
高千穂(たかちほ)に降臨したとされる。
その隣の神明宮は、伊勢神宮の下宮、内宮の祭神を祀っている。
参道
参道を歩いて行く。
1689年創業の料理旅館だという。
登録有形文化財。
見応えのある参道だ。
絵馬通りというそうだ。
昔からお参りの人で賑わう多賀大社表参道。現在は古き良き昔の建物と、装い新たに生まれ変わった商店が建ち並び、絵馬通りの名称で親しまれています。地元の人々が利用する日常雑貨のお店と、観光客の人々が訪れるお土産のお店が混ざりあった情緒ある町並みをゆっくり歩いてまわってみてください。
「絵馬通り」の界隈では「笑門」と書かれた絵馬を玄関に飾り、笑顔の絶えない明るく幸せな家庭を願うそうだ。
無視!
値段を見てため息しか出ない、おじいとおばあ(汗;)
大河ドラマ第1作目の「花の生涯」で、大老の井伊直弼が思いを寄せた「村山たか」がここに住んでいたそうだ。
甘酒を購入。
伊吹山(いぶきやま)からの風が吹いてきました。
西徳寺
西徳寺(さいとくじ)に参拝する。
浄土真宗大谷派の寺だ。
聖武天皇の勅願により、天平八年(736)行基が創設した。
本尊は阿弥陀如来。
駐車場に戻った。
最高点の標高: 135 m
最低点の標高: 124 m
累積標高(上り): 18 m
累積標高(下り): -14 m
総所要時間: 00:33:23