薬王寺(徳島県美波町) ⇒ 厄除けならここでしょ(第23番札所)

薬王寺

薬王寺とは

醫王山無量寿院薬王寺(いおうざんむりょうじゅいんやくおうじ)は、徳島県海部郡美波町奥河内字寺前(とくしまけんかいふぐんみなみちょうおくがわうちてらまえ)にある高野山真言宗(こうやさんしんごんしゅう)の寺だ。 四国八十八ヶ所霊場の第23番札所で、本尊は薬師如来(やくしにょらい)だ。
薬王寺の歴史 | 四国第23番霊場 厄除の寺 薬王寺醫王山無量寿院薬王寺は、神亀3年(726年)、行基菩薩が聖武天皇の勅願を受け、この地に巡鍚し、一寺を建立された。 弘仁6年(815年)、弘法大師42歳のとき、平城上皇の勅命によって本尊厄除薬師如来を刻んで開基した阿波の国薬王寺は、四国八十八ヶ所第23番の霊場であり、厄除根本御祈願所として全国にその名を知られている。 寺号を無量寿院醫王山といわれているのは、無限の生命を伝え、医の王である意味。 また、寺名を薬王寺というのは、薬の王であることを意味している。 高野山真言宗の別格本山とされ、嵯峨上皇、淳和天皇は厄除の祈誓を願われ、土御門上皇は喜禄2年皇居として行在せられ、また後嵯峨天皇は寛元元年当山伽藍の再建をして仁助親王が落慶の法莛に入られたと伝えられている。
薬王寺の歴史 | 四国第23番霊場 厄除の寺 薬王寺 から引用
薬王寺(徳島県美波町) ⇒ 厄除けならここでしょ(第23番札所)

駐車場

この日は南阿波サンラインを通って薬王寺にやってきた。
南阿波サンライン(みなみあわさんらいん)は、徳島県海部郡牟岐町から美波町をつなぐ道路だ。景観がいいため昭和49年に観光道路として開通し、現在では無料で通行可能となっている。途中に4箇所の展望所があり、トイレもある。カーブは多いが車は少なく、走りやすい。
日和佐(ひわさ)駅前を通過。 駐車場は無料で、とても広い。

参道

すぐに山門がある。 手水舎。 仁王像。 石段を上がっていく。 女厄坂33段を上がる。

参拝

本堂。 参拝する。 内部はこんな感じ。 肺大師。 新型コロナウイルスの撲滅を祈願する。
薬王寺を巡る | 四国第23番霊場 厄除の寺 薬王寺本堂の裏からラジウムを含んだ霊水(瑠璃の水)が湧出しており、肺病など諸病に効くといわれ、この名がある。 祠(ほこら)の中には石像の弘法大師が祀られ、祠の足元から湧き出す水は枯れることがない。
薬王寺を巡る | 四国第23番霊場 厄除の寺 薬王寺 から引用
大師堂。 内部はこんな感じ。

瑜祇塔

還暦厄坂を上がる(まだ還暦じゃないけど) その上に、瑜祇塔(ゆぎとう)
薬王寺を巡る | 四国第23番霊場 厄除の寺 薬王寺昭和38年9月建立(高さ29m) 本尊金色五智如来 昭和39年は弘法大師が四国八十八ヶ所の霊場を開創してからちょうど1150年に当たり、また、翌40年は高野山開創1150年に当たるのでこれを記念して建立されたものである。 瑜祇塔は真言宗所依の経典である。 瑜祇経の教理を形にあらわしたものであり、経文には世の中のものみな二つの相対したものからできているが、これが一つになることによって世界の平和や家庭の幸福の基礎があると説かれている、天と地が和合して万物が豊かとなり、労使が相寄って社会の平和ともなる道理である。 瑜祇塔には上方に金剛智慧をあらわす五峯を示し、周囲に胎蔵の理論の表示である八柱を建て、これが不二を示すよう上の方が四角、下の方は円筒形の一重の塔となっている。
薬王寺を巡る | 四国第23番霊場 厄除の寺 薬王寺 から引用
内部はこんな感じ。 戒壇巡りを体験する。 真っ暗なので撮影できない。 仏壇の所には照明があるので、撮影してみた。 暗いけどiPhone11のナイトモードならこんなにきれいに撮れる。 凄いな。 出てきたところに、曼荼羅。 ちょっとした美術館になっている。 階段を上がり、上に出てみた。 ここから日和佐の町が一望できる。 石段にはお賽銭。 参拝を終え、厄坂を下る。 納経所。 石段を下る。 薬王寺を出て、日和佐を散歩してみた。

感想

3年ぶりに参拝した。 新型コロナウイルスのせいか、その時より参拝者が少ないようだ。 しかし何度来ても心が清々しくなる、素晴らしいお寺だ。 瑜祇塔の戒壇巡りも楽しいし、ここからの眺めも必見。 高知からはとても遠い(たぶん一番不便)お寺だが、わざわざ参拝に来るだけのことはある。 来年は還暦なので(汗;)また参拝に来ないといけないね。