大御神社とは
大御神社(おおみじんじゃ)は、宮崎県日向市日知屋(みやざきけんひゅうがしひちや)にある神社だ。
祭神は、天照大御神(あまてらすおおみかみ)
「日向のお伊勢さま」として知られる。
大海原を見渡す絶景の柱状岩上に建つ大御神社は、古くは天照皇太神宮と言われ、天孫瓊瓊杵尊が皇祖天照大御神を奉祀して、平安を祈念されたと云われています。また、神武天皇御東征の砌、天皇は当神社にご参拝になり武運長久と航海安全を祈願されたと伝えられています。
大御神社 【公式サイト】 から引用
日本最大規模とされる「さざれ石」群がある。
大御神社
宮崎県日向市日知屋1
0982-52-3406
駐車場
2022年4月4日、この日は西寒多神社(ささむたじんじゃ)に参拝した。
そこから車で東九州自動車道を走り、門川ICで下りる。
大御神社(おおみじんじゃ)にやってきた。
最高点の標高: 162 m
最低点の標高: -42 m
累積標高(上り): 919 m
累積標高(下り): -947 m
総所要時間: 01:59:07
駐車場はとても広い。
まず案内看板でルートを確認。
大御神社
鳥居をくぐり、大御神社に向かう。
由緒書き。
祭神は、天照大御神(あまてらすおおみかみ)
天皇家の祖先である瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)が天降した際に、この地で天照大御神を奉祀したと伝わる。
大御神社は、皇祖天照大御神を御祭神とする古社で、創建の年月は詳らかではないが、当社に伝わる「神明記」その他の古文書によれば、往古・皇大御神・日向の国高千穂に皇孫瓊瓊杵尊を天降し給うた節、尊は当地を御通過遊ばされ、千畳敷の盤石にて、これより絶景の大海原を眺望され、皇祖天照大御神を奉祀して平安を祈念されたと伝えられ、後世、此の御殿の霊石の在りし所に一宇を建て、天照大御神を勧請し村中の鎮守と崇敬し奉ると言う。
由緒・沿革 – 大御神社 から引用
拝殿。
現在の社殿は、1938年に改築されたものだ。
国の登録有形文化財になっている。
内部はこんな感じ。
さざれ石
日本最大規模とされる「さざれ石」群を見に行くことにした。
よくわかっていないおじい(汗;)
縄文時代の遺跡の「龍神の霊(たま)」
さざれ石の説明看板。
この巨石は神座(カミクラ)と呼ばれ、瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)がこの岩に立って大海原を眺望したと伝わる。
御社殿前を過ぎ境内西側奥にある「神座」は、天孫降臨として知られる天照大御神の孫にあたる瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)が当地を遊幸された折、お立ちになって絶景の大海原を眺望されたと伝えられる岩です。
さざれ石・神座 – 大御神社 から引用
行かない。
ごねるおばあを説得し、さざれ石と柱状節理の境目まで歩いてきた。
平成15年9月の造成工事で発見されたという。
さざれ石を覆うように尾鈴山の火砕流が流れ、境目ができたそうだ。
今から約2000万年前、この辺りは広範囲にわたり浅い海岸平野で、大陸から流れる大量の礫(石ころ)が、その河口附近にたまって、粘土・砂などにまじり、長い年月の間に大きな固まりとなりました。
これが神社周辺の「さざれ石」です。
その後、尾鈴山の火山活動により海から陸の方へ火砕流がながれ、礫岩層の上を覆うと同時に堆積しました。
これを柱状節理(溶結凝灰岩)といいます。
神座附近の海岸では、火砕流と礫岩の境、さらに火砕流が礫岩を巻き込んだものと混在したところも見られます。
はるか悠久の歴史に思いをはせつつ、すさまじい地球のエネルギーをご覧下さい。
さざれ石・神座 – 大御神社 から引用
鵜戸神社
鵜戸神社(うどじんじゃ)に向かう。
5000年前の縄文時代に龍神信仰をしていたそうだ。
きれいな遊歩道が整備されている。
鳥居の先に、展望台がある。
眺望が素晴らしい。
ここは伊東四十八城(いとうしじゅうはちじょう)のひとつ、日知屋城(ひちやじょう)の跡だ。
日知屋城跡は、伊勢ケ浜南岸の岬に築かれた城で、伊東氏と係わりが深く、塩見城・門川城とともに三城と呼ばれ重要視された。
文明18年(1486)には、伊東氏5代祐国の弟祐邑が当城で暗殺されており、また伊東氏の飫肥侵攻をはじめとする宿敵島津氏との合戦に際しては城番の福永氏や日知屋衆が軍勢催促を受けて、入郷地域の諸将とともに出陣していた。したがって日知屋城の歴史は伊東氏の歴史とも言える。
城内に入ると不整形に削平された6ヶ所ほどの曲輪があり、要所には土塁や空堀、それに櫓台等の防御施設も付設されている。
全体的な縄張りは、地形や岩盤に制約されているためか、まとまりに欠けるきらいもあるが、こうした状況が中世城郭に見られる特徴であることは言うまでもない。
ここが日知屋城の弱点だったため、曲輪を造成した。
鵜戸神社の由緒書き。
祭神は、鵜葺草葺不合命(ウガヤフキアヘズノミコト)
彦火瓊瓊杵命(ヒコホノニニギノミコト)
彦火々出見命(ヒコホホデミノミコト)
豊玉姫命(トヨタマヒメノミコト)
塩筒大神(シオツツノオオカミ)
千古の神秘を湛える洞窟に鎮座まします鵜戸神社は、鵜葺草葺不合命(ウガヤフキアヘズノミコト)
彦火瓊瓊杵命(ヒコホノニニギノミコト)
彦火々出見命(ヒコホホデミノミコト)
豊玉姫命(トヨタマヒメノミコト)
塩筒大神(シオツツノオオカミ)五柱を御祭神として奉祀し、奉祀の年内は詳らかではないが、古くより鵜戸さま鵜戸さまと御威徳を慕われ、安産、航海安全、交通安全、厄難消除、事業繁栄の御霊験灼たかとして、御霊域をたずねる奉賽の人はいよいよ多くなってきた。
由緒・沿革 – 大御神社 から引用
海岸に下りていく。
海食洞のようだ。
人の手で掘り進められたと考えられている。
高さ20m、幅8m、奥行40mだという。
岩窟がんくつは、高さ20m、幅8m、奥行40m。上部の石の隅々が尖っていることから人の手により掘り進められたものと見られ、洞窟奥に鎮座する御社おやしろの前に立ち、入口を眺めると左右の岩の間が「天に昇る白龍はくりゅう」となっている様がご覧いただけます。
振り返って洞窟の外を見ると、あたかも龍が昇っているかのように見えるそうだ。
昇り龍おばあ(笑)
日知屋城址
日知屋城(ひちやじょう)の跡に行ってみることにした。
本丸まで歩いてきた。
「古代メンヒル」と書かれた説明看板。
ストーンサークルで、神々が降りて来る目印としたものと推定されている。
日知屋城址でもある。
土塁の説明看板。
伊勢ヶ浜
去年行ったクルスの海の方が見える(見えてはいないが)
展望所から見ると、岩の間にロープを張っているのが見えた。
伊勢ヶ浜のビーチにはサーファーがいた。
車で先に進んだ。
最高点の標高: 30 m
最低点の標高: 3 m
累積標高(上り): 71 m
累積標高(下り): -71 m
総所要時間: 00:36:10